日本の兜と海外の兜

兜は古くから伝わり、現代の歴史ブームにおいても絶大な人気を誇っています。
海外でも日本の兜は人気がありますが、海外にも独自の兜が存在しています。
日本の兜と海外の兜の違いや特徴について知っていきましょう。

◆日本の兜
日本の兜は鉄を主素材としていますが、時に革、木も用いられました。
装飾用に革、和紙、木を始め、金や銀、銅なども用いられるようです。
主に、頭部を守るための部分である鉢は、後頭部や首周りを守るため鉢の下部から垂らしたしころから成り立っており、鉢には額部に突き出した眉庇(まびさし)が付いていて、しころ部分は両端を顔の左右の辺りで後方に反らし、これを吹返し(ふきかえし)と呼びます。
平安時代以降の兜には、額の部分や側頭部等に立物(たてもの)と言われる装飾部品が付くようになりました。
特に額の左右に並んだ一対の角状の金属の立物を鍬形(くわがた)と呼びクワガタムシの語源となりました。
頭部を守るための部分で、金属製または革製の鉢が主ですが、木製のものもあったとされます。
金属製の物は複数枚の矧板と呼ばれる板金を鋲で留めた矧板鋲留鉢と一枚の板金を半球型に打ち出した一枚張筋伏鉢とがあります。
それらは星兜と筋兜と呼ばれます。
革製は膠水に浸した練革を用いります。
日本では湿気による損傷が激しいため、鉢には黒漆を塗り、金属の錆や革の変形を防ぎました。
古墳時代から奈良時代頃までの日本の鎧は、大陸の影響を受けていたとされる挂甲(けいこう)という鎧が一般的でした。
しかし平安時代に武士の台頭によって、大鎧という日本独特の甲冑が出現しました。
それ以後、戦闘の形式の変化などの影響によって常に改良され続けていきました。
日本の甲冑はその美しさが評価されることも多いようですが、江戸時代には、甲冑は刀とともに象徴性が強まり重宝され、鍛鉄、金工、漆工芸など様々な技術を駆使して製作されていったという経緯があり、それらは甲冑に芸術性が加味されることに貢献しているようです。
現在では芸術としての価値があります。

◆海外の兜
海外の兜には個性的なデザインのものが多くみられ、中国は「モンゴル兜」のことを言われ、長い角のようなものが特徴的なものがあります。
プロイセンでは「ピッケルハウベ」という飾りのついた兜があります。
モンゴル兜の頭頂部についているものは飾りですが、詳しいことは分かりません。
ピッケルハウベ頭頂部に付けられた角は、騎兵によるサーベルの打撃に対して歩兵を保護するものと言われており、後にはドイツ帝国の象徴として活きました。
ピッケルハウベの基本的な構造は、皮を黒の光沢に仕上げ、縁を金属で補強したものに、頭頂部に金属製のスパイクが付いていました。
19世紀以降のプロイセンを中心としたドイツの軍隊及び消防や警察で用いられ、ドイツ帝国の象徴と言われるようになりました。
第一次世界大戦において、砲弾破片や弾丸による頭部負傷が多発し革製のヘルメットが兵士達にとって役に立たないことが明らかになったので、その後はスチールヘルメットに変更されていきました。
海外の兜にはクレストという紋章が用いられていました。
クレストは日本での前立てと同じようなもので、日本同様に独特の形が多くみられたようです。

日本の兜も海外のも製法は違いますが独特な形が多かったようです。
海外では日本の鎧兜が人気があるように、日本でも海外の鎧兜が人気があります。
自国の伝統的な文化が海外に伝わり評価されるのはお互いに嬉しいものです。
お互いに自国の兜の魅力を教えあうのも良いでしょうね。
伝統が世界を繋げると言っても良いでしょう。

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